心音日記

*つれづれなるままに…おとなになれない声のソムリエ見習いのつぶやき*

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風林火山 第50回(終)「決戦川中島」(12月16日)

 17, 2007 01:11


↑今夜は『風林火山』→『信長の棺』と3時間ぶっ通しで戦国ものを見ていた為、メグの相手が出来ず、さぁ今から感想文を書くぞ!とPCに向かったらメグ姫、マウスの上にドカッと寝転がって抵抗です(^^;

1年間楽しみに見続けたNHK大河ドラマ『風林火山』も最終回を終えました。
大河ドラマを1話から最後まで見続けたのは実は人生初。

いつも華々しく脚光を浴びる人物よりも脇でいい味を出している人物、“司令塔”と呼ばれるポジションに一番惹かれる私としては、“軍師”という戦の要でありながらも実は地味な存在である山本勘助が主役で描かれたこの『風林火山』には、どっぷりハマることが出来ました。

勘助(内野聖陽)が“啄木鳥戦法”を上杉に読まれ武田軍が劣勢になった責任をとり、自ら御屋形様の宿敵・上杉政虎(Gackt)を討ちに単独で走るシーン、無数の傷を受けながらも遠く地平線の先に援軍として合流した真田の六文銭を見て、信玄(市川亀治郎)の勝鬨を確信して笑顔で散っていく場面まで、少々ひっぱりすぎか?とも思ったのですが、板垣が不死身の化け物のごとく、御屋形様をお守りするために最期の最期まで戦い続けたのとオーバーラップすることによって、勘助が最期は本当に板垣の意思を継ぎ、真の武田の軍師として散っていたんだな。と思えば、あのくらいの尺は必要だったと2回目を見て思いました。

しかしここではまだ泣けず、私の涙腺が決壊したのは、戦いが終わった戦場を「かんすけ~~~っ!!」と声を枯らさんばかりに呼びかけながら勘助の屍を探し歩いていた伝兵衛(有薗芳記)。
そして、平蔵に自分の首と共に差し出そうとした摩利支天がしっかりと握られた勘助の手。
勘助の想いが届き、一度は愛するミツの身を守った想い出の摩利支天が、ミツの兄である伝兵衛の胸にかけられ、勘助がその一生をかけた御屋形様の元に伝兵衛に担がれて戻り、そして葛笠村で出会ってからずっと勘助の傍に仕えた太吉(有馬自由)が勘助の首を大切に胸に抱えて戻ってくる場面。

もうここから先は涙・涙で回想シーンが涙でにじんで良く見えませんでした。
けど、最期の最期、序盤で隻眼で見た目が醜いがあまりに、今まで皆から怖がられてきた勘助のことを「勘助の心の中に咲く花が見えるから怖くない」と言って愛してくれたミツの言葉と、ミツが昔、勘助が切り捨てた武田の侍の屍に手向けた名も無い白い野花のシーンで綺麗に締められていたのもグッときました。


“月影”であり続けた軍師・山本勘助のおかげで、光り輝き続けた武田信玄。
わたしは戦国時代は好きで本を読み漁ってきたのですが、実は武田信玄は嫌いだったんです。
けど、内野聖陽さんが見せてくださった山本勘助と、阿吽の呼吸で人間臭い武田信玄を見せてくださった市川亀治郎さんのおかげで、武田信玄という人物の見方もだいぶ変わりました。

原作にはない勘助仕官以前の話を書かれ、最終話でもきちんと序盤のいいところと掛け合わせて綺麗に終わらせた脚本家の大森寿美男さんには、ただただ脱帽です。
音楽も良かったですよね。サントラ買おうかな。

書こうと思えばいくらでも書けそうな最終回の感想ですが、このへんで終わらせておこうと思います。

あ、でもひとつ。
平蔵の存在はいったい何を意図していたのかが、まだ理解できていません。
年末には総集編も放送されるようなので、もう少し考えてみたいと思います。

いい大河だった!
おつかれさまでした!!

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